【脚本】定食屋アンティケヰル

題名: 定食屋アンティケヰル
劇団: はしりどころ
作者: 雪の宿
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アマチュア劇団の公演、学生の有料公演・・・・・5000円
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(全チケット収入の一割が5000円に満たない場合は5000円)

[2]の場合、公演の2週間前までに、
[3]の場合、公演後2週間以内にお支払いください。
【追記事項】
もしビデオ撮影をされましたら、
岐阜薬科大学演劇部はしりどころまで送っていただけたら幸いです。
(住所は大学HPに載っている三田洞キャンパスのものでお願いします)
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定食屋アンティケヰル

登場人物
店長:無愛想で口が悪いが料理の腕はピカイチ。三十代半ばの独身貴族。
女給ちゃん:明るくて礼儀正しいがメシマズ。十代後半のじゃじゃ馬娘。

世界観

かつて、この国には仕事に追われ続けて倫理観を失い、寝食すら放棄した者たちがいた。
“社畜”と呼ばれていたらしい彼らの身体は、過酷な生活に適応したのか、やがて寝食を必要としなくなった。
これが現在“新人類”と呼ばれている種族の始まりであった。

新人類は一日一度特定の栄養剤を摂取することにより、寝食の必要無く活動し続けることが出来る。
ただし、それ以外に栄養を余分に摂れば、身体がショックを起こし死に至る。
また、当初より伸びたものの、新人類の寿命は旧人類に比べて短命だった。
ハンデがありながらも、彼らは、穏やかにしかし着実に、旧人類を駆逐していった。

これはそんな新人類と旧人類の共存する時代で、
大正浪漫風な定食屋を営む、数少ない旧人類の生き残りの店長と
そこに料理を習いに来ている女給さんのお話。

本文

ジャズっぽい音楽が流れ、女給に単サスが当たる。

女給 いらっしゃいませ、定食屋アンティケールへようこそお越し下さいました。
本日のお薦めメニューは「ビーフストロガノフの赤ワイン仕立て」と
「軍港のライスカレー」になります。
ご注文お決まりになりましたら、お手元の呼び鈴で従業員をお呼びください。

音楽が止み一度暗転。閑古鳥の鳴く音。

女給 はぁ……。今日もお客さん来ないですね……。
店長 今客がいないからといって今日来ないと決めつけるな。
女給 そうかもしれないですけど……。大体店長、今時定食屋なんて流行らないですよ!
わざわざご飯を食べるのなんて今日び「旧人類」くらいですし。
店長 然し、その数少ない「旧人類」が、うちの料理を求めているかもしれないだろう?
そう考えると店をたたむ訳にはいかんな。
女給 そうですか……。まあいいですけどね。お給金さえちゃんと貰えるのでしたら。
店長 現金な奴め。料理を教えている分、半額ほど月謝として差し引いてやろうか。
女給 私だって一人暮らしで大変なんだからやめてくださいよー。
養ってくれる素敵な旦那さんと結婚するためにも料理上手にならないとですね!
店長 君みたいな御転婆な娘が結婚できるとは到底考えられないが。
女給 店長ってば自分が独身だからって非道いです!
ところで店長、この間教わった料理を作ったから、食べてもらえますか?
店長 はぁ……。またあの不味い料理を食べろというのか。
女給 大丈夫です! 今日のはちゃんと自信作ですから!
店長 それは昨日も聞いた。
女給 確かにそうかもしれませんけど、昨日よりは良くなってるはずですもん。
それじゃあ、持ってきますので、精々腰を抜かさないようにしてくださいね。

女給、一旦はけて皿に盛られたカレーを持ってくる。

女給 じゃじゃーん。
本日のお薦めにもなっている「軍港のライスカレー」を作ってみました。
店長 ……このカレーはこんなに赤くなかった筈だが?
女給 え? それは、「軍港」というからには多少の血なまぐささも必要かなーって。
店長 ……。
女給 ああっ、冗談ですよー。実は唐辛子とタバスコを増し増しで入れちゃってー。
店長 はあ……(頭抱え)。毎回毎回食べ物を無駄にして……。
女給 食べられる物しか入れてないから無駄にはならないですよ?
店長 そういう問題では――まあいいか。
味見した君がぴんぴんしているから一応適量ではあるようだし。
女給 味見……? やだなあ、そんなのしてないに決まってるじゃないですか。
店長 な!?
女給 だって、こんなの食べて死んじゃったらどうするんですか!
店長 ……そうだった、君はそういう人だったな。
女給 そう、分かればいいんです、分かれば。それじゃ、召しあがって下さい!
店長 はいはい、頂きます……。

店長、カレーを食べる(この間照明をフェードアウトさせて時間経過させる)

店長 御馳走様。
女給 ありがとうございます! ねえねえどうですか? 美味しかったですか?
店長 ああ、相変わらず不味いな。
女給 そうでしたか……。いつもごめんなさい。私ってばダメですねー。
店長 ……まあでもあれだ、「新人類」の栄養剤よりはマシな食べ物だと思うぞ? 私は。
女給 そうですか? っていうか店長、栄養剤摂ったことがあるんですか?
店長 以前、時橙(ときとう)製薬とアルジャーノン薬品の物を食べ比べしようと血迷ってな。
あれを一週間に一粒摂れば他は一切飲み食いせずに不眠不休で動けるというが、
あんな無味乾燥な物だけで過ごすのは、私ならまっぴらごめんだな。
女給 えっ? でも今は昔と違って、栄養剤にもいろいろ味がついてますよ?
大和煮風味とか、味噌カツレツ風味とか。
店長 “風味”なだけで、その物の味とは天と地ほどの差だからな。
それに調味料で味は誤魔化していても食感までは再現できていない。
「新人類」の発達していない味覚を騙すにはいいのだろうが。
女給 でも、しょうがないじゃないですか。
「新人類」が栄養剤以外の物を取ったら、栄養の過不足によるショックを起こし、
最悪の場合は……死んじゃうんですから。
店長 ……そうだな。「旧人類」の私が意見出来ることでは無かったな。
女給 そ、そんな気にすることじゃないですよ! 店長ってばー。
店長 ……。
女給 それにしても、どうしたら美味しい料理を作れるようになるんでしょうかねー。
店長 簡単だ。アレンジをせずにレシピ通りにちゃんと作れ。
変な色気を出すのは基本がちゃんと出来てからにしろ。
女給 でも、唐辛子とタバスコはアレンジで入れたんじゃなくて、
もともとレシピにあった胡椒やチャツネと間違えて入れちゃったんですよ……。
っていうか今まで気にしてなかったけど、チャツネって何なんですか?
店長 インド料理の隠し味に使う、野菜や果物をスパイスと一緒に煮込んだソースだ。
うちで作った物は赤っぽいから確かにタバスコと間違えやすいかも知れんが、
それにしても……君の不器用さには本当に二の句が継げないな。
女給 店長ってば非道いです! これでも一応気にしているんですよ!
店長 それは済まない。お詫びに君でもカレーを失敗なく作れる方法を教えてやろう。
女給 ホントですか!
店長 まず、カレーのレトルトを箱から出し、水を張った鍋で温めます。
女給 ああ、カレーのレトルトを箱から出して……
って、思いっきりインスタントじゃないですか!
店長 逆に、君は何故インスタントでは駄目なのだ?
女給 そりゃーほら、素敵な旦那様の胃袋を掴むにはやっぱり手作りが――
店長 養ってくれる旦那様候補の殆どは「新人類」だと思うぞ?
あいつら不眠不休で働けるから、旧人類とは比べ物にならん位稼ぎいいし。
女給 ……。
店長 以前から気になっていたが、一体、君の目的は何だね? 「新人類」の女給さん。
女給 ……あーあ。店長に隠し事はできそうにないですね。

照明変化:全体照明はセピアっぽい感じで見にくかった場合は女給にピンスポ

女給 ま、単刀直入に言っちゃいますとね? 自分で自分の最後の晩餐を作りたいんです。
店長 ……それはまた唐突な。
女給 私、実はこう見えても、時橙(ときとう)製薬の社長の娘なんですよ。
店長 な……時橙製薬って、確か……。
女給 そう、栄養剤生産の大手です。
でも私の母は愛人だったんで、「時橙」は名乗れない位、地位は低いんですけどね。
店長 ……となると、 継母や異母兄弟に苛められでもしていたのか?
女給 まあ、そんな感じですかねー。
本家にいる間はずっとボロ雑巾みたいにこき使われてましたし。
店長 成程。軽々しく同情するつもりはないが、辛かったのだろうな。
然し、何故自殺の手段に、料理を使うことにした?
女給 えー、それ聞いちゃいますー?
店長 ……いや、無理には話さなくてもいい。
女給 まーいいですけどねー。私も誰かにぶちまけたかったので。
店長 それは、すまないな。
女給 私、一度だけですが、食事をしたことがあるんです。
店長 !?
女給 そりゃあ驚きますよね! ……あの日食べたのはコロッケでした。
店長 え? お前それ大丈夫なの――
女給 まあ当然死にかけましたけどね。幸いなんとか助かりました。
店長 一体、どうして……。
女給 昔、私は「旧人類」である実の母と二人で暮らしてました。
母は、幼い私と一緒に栄養剤を摂るフリをしながら、
私が寝てたり、家にいなかったりしているときにこっそり食事してたみたいです。
店長 成程……。
女給 ある日、夜中に目が覚めた私は、母が何か口にしているのを見てしまいました。
気になった私は、次の日、母の部屋に忍び込んで見つけた物を一口齧(かじ)り、
今までに経験の無い食感を感じて飲みこんだ直後――意識が途切れました。
店長 ……。
女給 次に目が覚めたら病院で、退院した後、私は父のいる本家に送られました。
店長 ……御母堂(ごぼどう)は、今どちらに?
女給 私が倒れて以来、母は食べ物を受け付けなくなってしまい、施設へ送られました。
そしてそのまま……。
店長 ……済まなかった。
女給 謝らないでくださいよー。……私が全部、悪かったんですから。
店長 そんなことは――
女給 全く、私は悪い子です。
全部私がコロッケを食べたせいなのに、あの味を忘れられないんです。
あまつさえ、もう一度何か料理を食べたいって思っちゃったんです。
だから、私が最後の晩餐を口にして死ぬのは、私のエゴで、罰です。
店長 ……。
女給 まー、話したいことはこんなものですかね。聞いてくれてありがとです。
店長 一つ、質問いいか?
女給 はい?
店長 お前が最後に栄養剤を摂ったのはいつだ?
女給 昨日の晩ですけど、それが……。
店長 では、六日後に暇をやるから、客としてここに来い。
女給 へ?
店長 君では、老衰で死ぬまでまともな料理はできそうにないからな。
私が晩餐を作ってやろう。
女給 え……? 申し出はありがたいですがなんで六日後……?
店長 「空腹は最高のスパイス」というからな。

場転・六日後のアンティケール・BGM:一日目とは違うジャズ音楽
SE:ドアベルと同時に女給が登場

店長 いらっしゃいませ、定食屋アンティケールへようこそお越し下さいました。
本日お出しするお品は「和風クロケット定食」になります。
料理が運ばれるまで、少々お待ち下さい。
女給 ……店長が愛想よく挨拶してる。
店長 うちの従業員は君しかいないのだから仕方がないだろう。
それより、折角の晩餐だというのに何故君はいつもの給仕服なんだね?
女給 はは、いつもの癖でつい……。
店長 全く。一日暇をやったのだから、少しは御(お)粧(めか)しでもしたらどうだ。
女給 まあまあ。っていうか、クロケットって何ですか?
店長 それは見てのお楽しみだ。取ってくるから待ってなさい。

店長が一旦はけて、蓋つきの皿を取ってくる

店長 御待たせ致しました。こちら「和風クロケット定食」になります。
女給 店長、ありがとうございます。じゃあ、いただきます。

女給が蓋をあける

女給 これって……!?
店長 クロケットは、マッシュポテトや挽肉などをパン粉で包んで揚げた仏蘭西料理。
日本では中身にジャガイモを用いて模倣した料理が有名で、その名前は――
女給 コロッケ……ですよね?
店長 ああ、その通りだ。残さずに食べろよ?
女給 モチロン、そのつもりですよ。

女給がコロッケに手をつける

女給 あ、す、すごい……。

SE:がつがつと食べる音と同時に照明FO。暗転中に皿を空にしておく。

女給 すっごく、美味しかったです。ごちそうさまでした。
店長 お粗末様。
女給 最後の晩餐なのに、もう一度食べたいって思っちゃうくらい美味しかったです。
――語彙が足りなくて美味しいとしか言えないのが凄く申し訳ないくらい。
店長 感傷に浸っているところ悪いが、別に最後の晩餐ではないぞ?
女給 え? 何を言って……。
店長 君こそ何を言っているんだ? 私は「最後の」晩餐だとは一言も言っていない。
女給 どういうことなんですか?
私が栄養剤以外の物を取ったら、栄養の過不足によるショックで――
店長 それはつまり、栄養の「過不足」が無ければ何の問題も無いということだろう?
何のために君の栄養剤が切れた日に「残さず食べろ」と言ったと思っている。
女給 確かにそうかもしれないですけど……でもそんなの信じられないです!
店長 今こうして君が喋っていることが何よりの証拠だ。
確か、以前コロッケを食べた時は一口齧って卒倒したと言っていなかったか?
女給 あっ……。

女給が、憑き物が取れたように涙を流す

女給 私、これからも生きて、料理を食べることが出来るんですか?
店長 まだ他のメニューは試作段階だがな。
いずれはどんな料理でも君たちが食べられるようにしてやるさ。
女給 本当に? 信じてもいいんですか?
店長 ……私が冗談で不味い栄養剤の分析をする人間だと思うか?
女給 店長……。
店長 でもまあお陰で、君が飲めるような味噌汁を作れるくらいにはなったさ。
……望むのなら、仕事前に毎朝作ってやってもいいが。
女給 本当ですか? ありがとうございます!
店長 そうか。こちらこそ――
女給 でも、なんで味噌汁なんですか? うち、一応洋食がメインなのに……。
店長 ……さあな。
女給 えー、気になるじゃないですかー。教えて下さいよー。

BGM:蛍の光

店長 ほら、もう今日は閉店だ。帰れ帰れ。
女給 はーい。また何か作ってくださいね。

女給はけ掛ける。

女給 あっ、その前に……。

女給が店長の隣に戻る

店長 本日は定食屋アンティケールへお越しくださいまして、ありがとうございました。
女給 またのご来店を従業員一同お待ちしております。

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それでは、今後とも『はりこのトラの穴』をよろしくお願いいたします。

【脚本】定食屋アンティケヰル

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