【脚本】箱詰家族

題名: 箱詰家族
劇団: 演劇部はしりどころ
作者: 雪の宿
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著作権について
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お願いいたします。本作品おける著作権料は、下記に示す通りです。

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箱詰家族

登場人物
父:生真面目。若い子に歩み寄りたいが努力の方向が間違っている。30代半ば~後半
母:抜けているようだが我が強く、でも割と常識人。26~28歳くらい
兄:ひきこもりでほとんど喋らない。潔癖症気味。20代前半
姉:男口調でガラが悪い。実は小動物など可愛いものが好き。18~20歳くらい
弟:気弱でヘタレ。でもやる時はやる……ハズ? 16~17歳くらい
妹:あざとい。大人しく見えるけど結構暴走するタイプ。14~15歳くらい

 

弟が舞台中央にうずくまっているところに単サス
ざわざわ音をバックにナレーション

弟  どうして……。僕は悪くなんてない。元をたどれば悪いのはあいつなのに。どうして僕ばかりこんな目にあうんだ……。(以下延々と後悔やら何やらが続き、謎の声が入るとざわざわ音と共にピタッと止む)
謎の声  人生をやり直すチャンス、欲しいじゃろ?

ナレーション終わり
突如全体に明かりがつく

弟  はっ……。何だ夢か。ってここは!?

周囲をいぶかしげにきょろきょろ見る。
他にも見知らぬ男女が床に倒れている
しかし一人起きてパソコンをいじる青年が。

弟  あの……貴方は?
兄  (パソコン画面から目だけ上げるもシカト)
弟  そ、それじゃあこの倒れている人たちは?
兄  (無言で首をかしげる)

そして再びパソコンに向かい、以後話しかけられても無視する兄
しょうがなく弟は隣で寝ている少女に声を掛ける

弟  え、ちょっと……。しょうがない。お、おーい!! 大丈夫ですかー
妹  うーん、あと五分……。
弟  そういう問題じゃないですよ! 貴女達は一体誰なんですか!?
妹  達って一体誰のことなの。もう……。って、え??

妹目を覚まして起き上がる

妹  あの、ここはどこであなた達は誰なのでしょうか?
弟  それがわからないんです。僕もさっき目が覚めたばかりで……

言いかけると突然大音量でサイレンが鳴り、残り3人も目を覚ます

姉  あ゛!? なんだよこの音。うるさいんだけど。
父  緊急事態か?! 防災袋はどこだ!!
母  落ち着いてください……ってなんで私こんなところにいるのかしら?!
弟  あ、あの!!誰だか分りませんが皆さん落ち着いて……

サイレンが鳴り終わり、放送のノイズ音が入る
謎の音声(以下『謎』) あー、てすてすてす……
全員 ??
謎  えー、皆さん。混乱していると思いますがまずはひとまず落ち着いて。
姉  は!? これが落ち着いていられるかってんだ! なんだよこれは一体どうなってやがる!!
謎  え、とりあえず落ち着いて下さらないと話が……
父  全くだ。略取・誘拐罪で訴えるぞ。
妹  こ、これってどんなリアルな夢なんでしょうか……
弟  あの、皆さん……。とりあえず黙った方がいいんじゃないでしょうか……?
謎  えーかげんに黙りんしゃい。まだ死にたくないじゃろ?(ドスをきかせた広島弁)
全員 !?
謎  そもそもここに来よったのはお前さんらの意思じゃろー?なにをゴダゴダぬかしとるんじゃワレェ?
全員 (ガクガクブルブル)
謎  まあこっちにも企業秘密っちゅうものがあるからな。ちぃと手荒い方法使ってお前さんら連れてきたことは認めるわー。
母  すいません。あの、質問してもよろしいでしょうか?
謎  何やねーちゃん? どーしたん?
母  意思と言われてもそもそもどうして私たちはここにいるんですか?ここに来る前後の記憶があやふやなんです。
弟  あ、それは僕も。
妹  あたしだけじゃなかったんですか?!
父  不本意ながら私もだ。
兄  (無言でうなずく)
謎  はあ? お前さんらそれも忘れとったんか? 説明するんもたいぎいのぉ……。
姉  つべこべ言わずにとっとと話せってんだ!
謎  んーまあ単純に説明するんやったら、お前さんら六人にはこれから一週間、家族として過ごしてもらう。
姉  はぁ? なんでこんな見ず知らずの奴らと?
謎  そげなこと言われてもお前さんらが承諾したんじゃろか!ワシらの実験に協力したるって!
父  全く記憶にないが契約不履行で訴えられたりしても困りものだ……
謎  まあ、モチロンタダでとは言わん。報酬はドドーンと100万円や!
全員 ひゃくまんえん!!??
謎  せーぜい楽しく過ごしんしゃい。……と言いたいところじゃけど絶対守ってもらわんと困るルールがいくつかあるんやなーこれが。
母  どんなルールなんですか?
謎  一つ。外出は自由にしてええんじゃけど、門限は午後10時や。それまでに誰か一人でもこの家の敷地内におらんのやったら一回ごとに全員の報酬を10万円ずつ減らすわ。
妹  えっと……それって連帯責任ってことですか?
謎  そういうことじゃ。嬢ちゃんは物分かりがよーてたすかるわ。
んでもう一つ。こっちがぶち大事なことなんじゃけど、この1週間はお互いに本名を知られたらいけんのじゃ。最近個人情報個人情報ゆーてうるさいからなー。
母  でもそれじゃあ、お互い呼び合う時に不便じゃないですか?
謎  そこは『家族』なんじゃからその通り呼べばええじゃろー。「お父さん」とか「お姉ちゃん」とか。
父  なるほど一理あるな。だがそもそも疑似家族と言うからには役職があるのだろうがそれについて説明を受けていないぞ。
謎  あースマンスマン、普通にみりゃー分かることかと思っとった。ま、大体察してると思うけど倒れとった順に右から年齢順で父、母、長男、長女、次男、次女や。
父  父親?!そうだろうとは思っていたが……
母  私が母親!? 確かにこの中じゃ一番年上だけど適性とかそういうのを考慮するのって大事だと思うのよ。
兄  (無言・興味なさ気)
弟  まあ無難なところか……。ん?(妹に服の裾を引っ張られる)
妹  よ、よろしくお願いします。えっと、それでその……お兄ちゃんって呼んでもいいですか?
弟  え? あ、ああ、ありがとう……?
姉  あたいは納得いかないね。家族ごっこなんてやってられっか。
母  ちょっと落ち着いて……
姉  もめ事になんのは嫌だからルールはしっかり守ってやるよ。だからあたいには近づくんじゃねーぞ。
妹  お、お姉ちゃん……それは、
姉  馴れ馴れしく呼んでんじゃねーよ!
妹  ひゃう……
姉  とにかくこんなところに居られるか! あたいは出て行くからな。

姉、ドアを開けて出ようとする。が開かない。

謎  ねーちゃんさっきの発言は死亡フラグじゃ。っちゅうよりまだ説明終わってへんけえ、出てかんでくれえ?(ドスをきかせて)
姉  ……チッ、分かったからそれなら早く説明を続けろよ!
謎  じゃあ続きじゃ。お前さんらには一人に一部屋ずつ個室を用意したけえ、どの部屋使うかきめて使ってなー。
兄  個室にも無線LAN環境は整っているのか?見たところこの部屋には完備されているようだが。(間髪いれずに)
全員 (あ、普通に喋れるんだ……)
謎  あーはいはい、無線LANどころか羽のない扇風機やルンバもあるけえ、快適な生活を約束するわー。
兄  (無言で親指を立てる)
謎  そんなわけや。それじゃ、一週間後にまた会おうなー。

音声がぶつ切りに切れる
兄・姉は自室に直行し、父・母は周囲の様子をひとまず確認してから自室に向かう。
取り残された弟・妹。

弟  あ、どうすれば……。
妹  そのっ。よく分からない事でいっぱいですが頑張りましょう、お兄ちゃん!
弟  ありがとう。頑張ろう。
妹  それじゃあ私も部屋を見てみます。
弟  僕もそうしようかな。

弟・妹、連れだって部屋から出る。
(暗転)
翌日朝。誰もいない居間に弟が入る。机には誰が食べたのかお菓子のゴミやビールの缶が。

弟  おはようございます……。なんだ、誰もいないのか。
妹  (背後から)あ、おはようございます!
弟  あ……(安堵して)おはよう。

突如ピンポーンとチャイム音が鳴る

妹  なんでしょうかね? ちょっとあたし出てみます。
弟  あ、それなら僕もついて行くよ。
妹  本当ですか? お兄ちゃんありがとうございます!

二人はける。
少し間をおいて兄が出てきて机のゴミを片付けると部屋に戻る。
そしてその後、手紙を持って二人が戻ってくる。

妹  それにしても何なんでしょうかね、この手紙。差出人も宛先も書いてませんし。
弟  配達員の人も「よくわからないがこの家に届けてくれって言われた」としか答えてくれなかったし謎なんだよな。
妹  やっぱり開けて読まないとダメですかね。怖いですよ……。
弟  あれだけ「絶対に読んでくださいね、絶対にですよ!」って言われりゃ読まないわけにはいかないからなあ……。
妹  あれだけ念を押されたから逆にフリかとでも思っちゃうくらいでしたよ……
弟  危険物とか入ってないといいんだけど。怖いな……。
妹  そ、それなら一緒に読みましょうよ、ね?

妹、おそるおそる手紙の封を切る。

妹  新聞紙の文字を貼りつけた文章って……。一昔前の脅迫文みたいじゃないですかー。
弟  大きさがバラバラでよみにくいったらありゃしない。えーっとなになに……?
弟妹 『この六人の中に罪を犯して逃亡している者がいる。信じるも信じないも、捕まえるも見逃すも自由だが背後には充分注意しろ』
ってええーーーーーーーーーーー!?
妹  何なんですかコレ! イタズラにしてもタチが悪すぎですよ!
弟  (ガクガクブルブル)
妹  お兄ちゃん!? 大丈夫ですか?
弟  べべべべ別に怖いとかそういうのじゃないからこれは。ただちょっと急に冷房ききすぎてるかなーって思っただけで。ほ、本当にそうだからあはははははははははー。
妹  お兄ちゃん……。(ジト目)
弟  ごめんなさい本当はすごく怖いです。……ヘタレだってことは絶対に隠しておくつもりだったのに……(小声)。
妹  お兄ちゃん、大丈夫です。こんなのこうやって不安を煽るだけのイタズラですよきっと。
弟  そ、それならいいんだけど。
妹  他の人たちの不安を無理に掻き立てるのも悪いですし、この手紙はあたしたち二人だけの秘密にしておきましょうよ。ね?
弟  そうだ、それがいい! 是非にそうしよう!
妹  それではこの手紙はあたしが責任を持って隠しておきます。お兄ちゃんもこの一件については他言無用でお願いしますね?
弟  ありがとう。助かった。
妹  気にしないでください。お兄ちゃんがそれで落ち着くのならあたしもなによりですから。
弟  やっぱり、もう一回お礼を言う。ありがとう。
妹  あんまりお礼言われると逆に困っちゃいます……。そ、それじゃああたしは自分の部屋に隠しに行ってきます!

妹、照れ隠しするそぶりで走ってはける

弟  いい子だな、本当。あれ? 机の上のゴミがなくなってるけどついでに捨てに行ってくれたのかな?

暗転

弟(ナレーション) それ以降全く変わったことなど起きずに二日が経った。

明転
弟と妹が二人で居間の椅子に座って会話。

妹  なんだかんだでもうこの生活も折り返し地点に近いのですね……。
弟  七日間の四日目だからなー。
妹  お兄ちゃん以外の人とは全くと言っていいほど交流してないんですけどねー
弟  僕も。父さんは朝早くに仕事……?に出かけて帰りも遅い上に自室に直行だし。
妹  お母さんはレトルト食品でご飯は用意してくれるものの大抵どこかにでかけてるし。
弟  兄さんは引きこもってるみたいで部屋から出たところすら見たことがないし。
妹  お姉ちゃんはよく分からないけど、その……あれだし。
弟  そんな人たちとの交流ってコミュ力のない僕にはハードルが高い……
妹  お兄ちゃんのせいじゃないです! あんまり自分を責めないでください。
弟  ……ありがとう。
妹  ……どういたしまして。
弟  ……。
妹  ……。は、話を変えましょうか!
弟  そ、そうだね。
妹  それじゃあ、蒸し返すのは悪いって思うのですけど、(小声で)お兄ちゃんはあの怪文書に書かれてた「この中に罪を犯して逃亡している者がいる」っていうのは信じてますか?
弟  へ?!
妹  嫌なら答えなくてもいいんです。ただ、もしよければお兄ちゃんが正直なところどう思ってるのか知りたいなーって。
弟  ……あんまり信じてないけど、あってもおかしくないとは思ってる。正直他の皆さんのことなんてほとんど知らないから。
妹  あたしは……あんまり人を疑ってかかるのはよくないと思うのですが、その……お父さんが怪しいんじゃないかって。
弟  父さんが?
妹  はい!!どことも知れない仕事から帰った後すぐに自分の部屋に直行してなかなか出てこない……。いくら特殊な状況とはいえ大黒柱にあるまじき行動だと思いませんか!?
弟  え? よ、よくわからないけどそう……か?
妹  これは明らかに怪しいと思うのです!早速乗り込んでみましょう!

場転

弟・妹、父の部屋のドアの前でしばらくにらめっこ
ノックをしても返事は返ってこず、中の音を伺おうとする

妹  防音加工が施されているのか不気味なくらい何も聞こえませんね……。
弟  あれ、僕の部屋に防音加工なんてなかったはずだけど。一体……?
妹  安心してください、あたしの部屋にもないです。きっとお父さんは室内で人に見られて困ることをしているはずなのです!
弟  そうなのか?
妹  さあ、突撃しましょう! 二人ならきっと大丈夫です!

妹、ドアを開ける。
そこには『つけまつける』を熱唱する父が。

父  つーけまつーけまつけまつげー
弟  ……。
妹  ……。
父  ぱちぱちつーけま……あれなんか外気が?(振り向いて見られたことに気づく)うわああああああ!!??

父、のけぞって端まではなれうずくまる

父  おおおおお前たちどうしてここに!? というかノックなく部屋のドアを開けるなんてマナー違反ではないか!!
弟  いや、その……ノックはしたんですけど。
父  一応誤解のないように言っておくと、私はこの曲が別に特に好きだという訳ではなくてだな……
妹  だ、大丈夫ですよ! お父さんの趣味がどんなものでも受け入れますから! ……多分。
父  そうではなくだな! お前ら若い子はこのような曲が好きなのだろう? だから少しでもついていけるように覚えようとしているだけだ!
弟  その割には結構ガチに見えたけど……(ぼそっと)
父  何事もやるからには本気になって取り組むべきだろう。それの何が悪い?
弟  わ、悪くはないです……。
父  だろう? 本気になって取り組めば物事の本質までよく見えてくるものなのだ。例えばこの曲は……

以下、父が延々と語りを続け、照明フェードアウト

明転、場面転換し妹と弟が二人で立っている

妹  ふう、やっと解放されました。
弟  それにしてもびっくりした……。お父さんにあんな一面があったなんて。
妹  ……。
弟  どうかした? なんか険しい顔して。
妹  い、いえ! 何でもないです大丈夫です!
弟  ……? ならいいんだけど。
妹  そ、その強いて言うならですが、あんなに真っ直ぐに真面目なお父さんを少しでも疑ってしまった自分がその……情けないなあって。
弟  ……。
妹  あ、ごめんなさいなんだか答えづらい話題をふって!

弟がふと視線をずらすと見慣れない箱が。

弟  あれ?こんなところに箱なんてあったっけ??
妹  記憶にないですね。どうしてこんなものが?
弟  とりあえずどけるか……。誰かが転んだりしたら危ないだろうし。

弟が箱を持ち上げようとする。と、そのとき姉がすっ飛んでくる、

姉  そいつに触るんじゃねえ!

弟、驚いて手を離す

妹  え? お姉ちゃん?
姉  いいからとっとと手をどけろ!
弟  あの、もうどけてますけど……。
姉  ちっ。次はないと思っておけよ。

姉、帰ろうとする

妹  あ、あの!
姉  なんだよ?
妹  その、どうしてこの箱をこんなところにおいているのですか?
弟  (妹に対し小声で)ちょっ、どうして急に……
妹  (弟に対し小声で)万が一爆弾とか仕掛けていたらどうするのですか! お姉ちゃんはその、少し怖いですし。
姉  あ!? どうしてってそりゃあ……(ためる)
弟妹 そりゃあ……?
姉  これでネズミを捕まえるんだよ!(満面の笑みで)
弟妹 ……へ?
姉  何だよバカにしてんのか?
弟  いえ、そうじゃなくてですね。なんでネズミなのかなーと思いまして。
姉  しょーがねえな。ホントは秘密だけどお前らだけに教えてやるよ。
実は、あたいの部屋の窓にその……凄く可愛い猫が来るんだ。
妹  猫……ですか?
姉  そうなんだよ! でもソイツ、いつも腹空かせているみたいだから、ネズミを捕まえて食べさせてやろうと思ってて。
弟  なるほど。
姉  でも、色々な餌を試してみてもなかなかネズミが引っ掛からなくってなあ。
チーズとか良さそうだと思ったけどここにないみてーだし。
弟  それならネットで調べてみるのはどうでしょうか?
姉  あ、あたい、ケータイとかそういうのは持ってないし詳しくないんだよな……。
妹  うーん、それなら上のお兄ちゃんにパソコンを借りてみるのはどうでしょう?
弟  その手があったか!
妹  そうと決まれば善は急げ。早速頼んでみましょう!

場面転換。
姉弟妹、兄の部屋の前で兄と対面。

妹  ……という訳でお兄さんのパソコンを使わせて欲しいのです。
兄  そうか。……だが断る。
全員 え!?
兄  ネズミが出る環境とはそれ即ち不衛生な環境ということだ。俺は家の一部でもそんな環境になるなんてまっぴら御免だ。
弟  確かに、その通りだ……。
兄  その上、俺のパソコンをどこの馬の骨とも知れない奴に触らせると考えただけで反吐が出る。分かったらとっととお引き取り願いたいものだ。
妹  そ、そうですね……ごめんなさい。
姉  おい、さっきから黙って聞いてりゃなんだ。アンタの言い分が間違っているとは言わねーがその言い方はねーんじゃねえの?
兄  お前こそ偉そうな口を。毎晩居間に散らかしてある食材の空き箱を捨てているのは誰だと思っているんだ?
姉  あたいはちゃんと朝起きたら片付けるつもりだったんだけど。頼んでなんかないのにずいぶんと恩着せがましいなあ? あぁ?

兄姉、その後もやいのやいのと言い合いを続ける。

弟  あの、お二人とも落ち着いて……。
妹  聞こえていないみたいですね。どうしましょう……。

兄姉、一歩も譲らずにらみ合う。と、そこに母が現れる。

母  ずいぶんと騒がしいみたいだけど、どうしたの?
兄姉 (お互いに指を差し)こいつが!!
母  ……なるほど。それぞれ言い分はあるみたいね。でもケンカは駄目。ちゃんと謝りなさい。
兄姉 ……。
母  ご・め・ん・な・さ・い・は?
姉  ……非はあたいにあるのに突っかかりすぎた。ごめん。
兄  俺も言いすぎた。すまない。

気まずそうに兄は部屋に戻り、姉ははける。

弟  姉さん達を止めてくれてありがとうございます。
母  いいのよ。本当はもっとお母さんらしいことしなきゃいけないもの。……ただでさえ料理が出来なくて皆に出来合いのものばっかり出しちゃっているしね。
妹  気に病まないで下さい! さっきはお母さんのおかげで助かりました!
母  そう言って貰えて嬉しいわ。ありがとう。
妹  どういたしまして……です?
母  んー。年上だからって意識しているのかもしれないけれど私には別に敬語とか使わなくっていいのよ? わたしはそういうの気にしないし。
弟  それは僕も思った。家族なんだしさ、肩の力抜いていこうよ。
妹  え、ほ、本当にいいんです……じゃなかったいいの?
母  あたりまえだのクラッカーよ。
弟妹 ……。
母  え、もしかして二人ともこのネタ知らないの? 年の差って怖い!
妹  ……そういう問題じゃないと思うの。(小声)
弟  ……いい話ムードが跡形もなく吹き飛んだと思う。(小声)

少し長めの暗転

妹  この生活もよく考えれば明日で終わりだね……。
弟  そうか。長いと思ってたのに案外短かったな。
妹  あたしもそう思う。最初、見知らぬ人たちとこんなふうに生活できるだなんて考えも及ばなかった。
弟  本当に、そうだな。
妹  だからこそ、時間が足りない……。もっともっと皆で一緒にいたい。
弟  最初の三日間はほとんど話したりしなかったから実質知りあって二・三日。出会ってから短いのに、本当に、どこか他人とは思えないんだよな、皆。
妹  あたしたち、本当の家族になりたかった。疑似家族なんて半端な物じゃなくって。
弟  ……もし本当に妹がいたならやっぱりこんな感じだったのかな。
妹  お兄ちゃんは妹いなかったの? って言うか兄弟誰がいたの?
弟  それが分からないんだよなー。
妹  へ? それってどういうこと?
弟  物心ついたときからずっと施設に住んでたから。本当の家族のことなんて分からないし実は今この生活にも正直戸惑ってる。
妹  ……。なんか、無理に重い話をさせちゃったかなあ。ごめん。
弟  気にするな。そんな後ろめたい話でもないし。
妹  で、でも!
弟  施設の同年代の奴らも楽しくていい奴らばっかりだったし。クラスメートの話とか聞く限りじゃそこらの家族や兄弟より深い絆はあったと思う。
妹  そーいうものなのかな? 血を分けた家族ってなんかこう……もっと絆よりも深いものでつながってそうじゃん。
弟  でも割と多いんじゃないか? 「親とかまじうざい」とか「兄姉がいるからお下がりしか使わせてもらえない」とか「弟妹ばっかり甘やかされてずるい」とか家族をぞんざいに扱う人達は。
妹  うーん。まあ確かにそうなのかもしれないけど……。
弟  その点、施設の奴らとはたまに下らないケンカはしてもいなくなった方がいいとは思ったことがないし、一番大切に思ってた。……少なくとも僕は。
妹  そう、なんだ……。
弟  でも、僕は今のこの家族……と呼べるかどうかわからないような皆との関係も凄く気にいってる。叶わない望みだけど、本当の家族として暮らしたいって思うくらいには。
妹  ……。
弟  この生活はもうすぐで終わってしまうけど、終わったとしても皆とほんの少しでも繋がっていたい。だから僕のことをもう少し知ってほしい。僕の名前は……。
父  何だこれは!(遠くから声だけが聞こえる)
妹  お父さん!? 一体何が……。
弟  大丈夫か?
妹  とにかく、様子を見に行きましょう!

弟・妹、はける
暗転
居間につくと家族全員が怪文書を机上に置いて座っている

弟  お父さん、どうしたんだ……ってあ(やっちまったーって顔)
父  どうやら、こいつ(兄を顎で指す)が掃除をしていたらこんなふざけた手紙が隙間に落ちているのを見つけたようなのだ。
兄  (無言でうなずく)
弟  そ、そんなことが……

弟、気付かれないように妹に目配せ。
妹は知りませんよって感じでアイコンタクトor小声で返す
弟がそっか……って感じで目をそらして以降、妹はずっと「計画通り」の顔を客席に向け続ける

姉  全く、どいつがこんな変なブツを! あんたらがそんなことをするとは思えねーし、あの広島弁ヤローか?
母  それ以外に考えられないわね。でも今時こんな王道じみた脅迫文ってあるのね。

父母兄姉やいのやいの言う

弟  あ、あのさ!
全員 ?
弟  ……それ、隠してたのは僕たち。
姉  ハァ? 冗談も大概にしろよ?
弟  共同生活を始めて二日目の朝に郵便で届いたんだ。
父  そんな一大事をどうして今まで黙っていたんだ!?
弟  見つかるとパニックになるだろうからって。その頃の僕達ってまだそんなに打ちとけてなかったし。
母  確かに一理あるわね。でも、今の私、そんなに頼りなかったかしら?
兄  できれば、話してほしかった。
弟  ……ごめん。本当の家族みたいになりたいって口では言いながら皆を心の奥では信用してないと思われてもしょうがないような言動を取っちゃうなんて、僕は……
姉  わかりゃいいんだよ!勝手に湿っぽくなってんじゃねーよ。
兄  お前の本心なんて見てれば分かるし。
母  責めるような言い方をして悪かったわ。でも、次からこういうことがあったら頼ってよ。お母さんなんだもの。
父  そ、それを言うのならば一家の大黒柱とも言われる父親の私に真っ先に頼るべきだ。
弟  皆、ありがとう。

なんかいいムード。でも実は妹だけ取り残されている。

弟  ところで、この怪文書の件について、僕、もうひとつ言わないといけないことがある。……この怪文書に書かれていた罪を犯した逃亡者は、僕だ。

妹含めた全員が驚いた顔で弟を見る

姉  お、おいそんな訳ないだろ……
弟  信じられない気持ちは分かる。けど、出来れば口出しせずに最後まで聞いてほしいんだ。

僕は、クラスメイト……いや、家族に近いほど親しかった友人をいじめから助け出そうとして……結果いじめている相手に重傷を負わせてしまった。そして相手は一生治らない後遺症を抱え、元来気の弱かった友人はそのショックで寝たきりになってしまっている。相手がしてきたことは確かに卑劣で許せない事なんだけど、僕は、それに対して反撃をしすぎてしまったんだ。……過剰防衛ってやつだよ。
だから、少年院にいれられそうになったとき、自分が悪いんだって頭で理解はしていてもどうしても納得できなくて……。そこで出会った広島弁の男の人に「人生をやり直すチャンス、欲しいじゃろ?」って唆された結果、その手をとってしまったんだ。
これがどうしようもない、僕の本性なんだ。軽蔑してくれてかまわないさ。

姉  ちょっとまて、お前の話、本当なのか? あたいは若気の至りから盗んだバイクで無免許運転してポリ公に捕まって、同じようなヤローにそう言われてここに来たんだけど。
兄  俺も。若気の至りからFBIのコンピュータにハッキング仕掛けたことが露見した時におそらく同じ男と出会い、頷いてしまってっている。
姉  おい、あたいパソコンのことはよく分からないんだけど、それは若気の至りで済む話なのか?
母  実は、わたしも、雨の日に車で交通事故を起こしてしまったとき、そんなことがあったの。
父  私も、不本意ながら当時勤めていた商社が所謂マルチ商法を促進していたのだ。そして私はそれに気づいていながら職を失うことを恐れて止めることができなかった……。

全員、押し黙る。

弟  ……戻って、罪を償わないと。僕はこの環境に逃げを求めてしまったけれど……。
妹  なに、それ? どうしてこんなことになっていくのよ。許せない……。

全員今までと声色がガラッと変わった妹を見て驚く

妹  なんであんた達は罪を犯したくせに、あたしが一番欲しかったものの上でアグラかいてのうのうとしているのよ。必死になったあたし一人がバカみたいじゃないの。
兄  一体どうした……
妹  あんた達のことなんて始めっから好意なんてこれっぽちも抱いていなかった。それでもせめて壊してしまわないように必死で取りつくろってきたのに……。さっきの下りではっきり分かったわ、あたしはあんた達のことが反吐が出るほど大嫌い。
弟  ……『本当の家族になれればいいのに』って言葉も嘘……なのか?
妹  あたしは家族と仲良く暮らす方法なんて知らないし出来ない。接し方なんて全部ドラマやアニメの受け売りだよ。本当のあたしなんてなにも知らないくせに。
母  でも、それでも家族の関係を必死で取り持ってくれたのは、あなたよね? それが嘘だったなんて思えないわ。
妹  いずれあたしが自ら家族間の関係を壊してしまうのなら……それよりもまだ内部分裂でも起こったほうが罪悪感が薄れるかもって、それだけの話よ。だからまずは内部分裂を起こすために分裂する内部を固めないと。
母  そんな……。
父  落ちつけ。そもそもお前もここにいるからには前後の会話から察するに何か罪を犯して……
妹  あたしはあんた達とは違うの!! だってあたしは悪くない。わざとじゃないんだもん。カッとなって軽く押したのは確かにそうなのかもしれないけどはっきりとなんて覚えてないし……。それに二階から踊り場へ落ちて打ちどころが悪かったくらいで……。
弟  僕が言っても説得力はないだろうけど……自分の罪からは逃げちゃダメだ。
妹  それじゃああんたは認められるの?! ソリが合わなくて大嫌いだったけど、それでも、血で繋がっていて、腹を痛めてあたしを生んでくれた母親を故意でなく殺めてしまった……事実……を。

妹、言葉に出してしまったことで嫌でも事実を認識してしまい、崩れ落ちる

妹  うわああああああああああああああ
全員 大丈夫(か)?
妹  あたしは、忙しさを理由に自分の子供の顔も思いだせないような父親も、あたしを命令どうりに動く人形だとしか見てくれない母親も、ことあるごとにあたしに突っかかって来る兄貴も大っ嫌いだった。それでも……殺して、壊したいわけじゃなかった。どうあがいても、血縁っていう消えないつながりが、あるんだもの。
ごめんなさい。謝っても何も戻らないけど、ごめんなさい。
全員 ……。
妹  あたしは……うわべだけの関係じゃないお父さんが、お母さんが、きょうだいが欲しかった……。それだけなのに、どうして……。

フェードアウト

場面転換、翌日・最終日。居間に居合わせるも、それでも目を合わせようとはしない六人。
そこに初日と同じブザー音が鳴り響く。

謎  時間だ、答えをきこう!(ムスカ大佐のノリで)

全員、無言の圧力。

謎  ……わかっとると思うが、あの手紙はワシからじゃ。共同生活送った上であの手紙を切っ掛けにして、色々と出る答えもあるじゃろ?
弟  ……僕は、戻って、罪を償う。そして……それが終わって出来ることなら、皆さんの前に胸をはって顔を出せる人間になりたい。
姉  あたいも。
父  右に同じく、だ。
兄  同意。
母  わたしも。
妹  ……あたしも、許されるのならば。
謎  そうか、オマエさんらは皆、牢獄行きを選んだか。

全員、頷く。

謎  ところで、最近は見た目も中身も普通の家にしか見えない開放型の多人数用牢獄が実験的に使用されているようじゃ。
全員 え?!
謎  そこに実験台としていれば、本物の牢獄では得られないものも得られるじゃろうて。
妹  あの、それって!
謎  ……そこで償いをすると決めた者は共同生活者の方々への自己紹介から始めましょう。更生への第一歩です。

全員顔を見合わせ、弟が何か決めたような顔を皆に向ける

弟  僕の名前は――

———————————————
(終わり)

【脚本】箱詰家族

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